エステル記6章

「王がモルデカイに栄誉を与える」

 :1<その夜>とあります。その夜、その日には何があったのでしょう?王妃エステルが設けた宴会がありました。その夜、です。では、“その夜”の次の日は、何がありましたか?もう一度、エステルが設けた宴会がありました。
 少し、振り返ってみましょう。ペルシアでのことです。クセルクセス王は、ハマンを、誰よりも上に置きました。しかし、モルデカイは、ハマンに対して、膝もかがめず、ひれ伏そうともしません。それを見たハマンは、モルデカイの民族を、根絶やしにしようとします。ユダヤ人です。モルデカイは、自分がユダヤ人であることを、打ち明けていました。
 ハマンは、王に願い、「ユダヤ人を根絶やしにせよ」との法令を発布します。それを知ったエステルは、ユダヤ人と共に、三日三晩、断食をしました。明かしてはいませんでしたが、エステルも、ユダヤ人だったからです。
 三日目になり、エステルは、王のところへ行きます。それは、死を覚悟してのことでした。法令では、召されていないのに行けば、死刑だったからです。ただし、王が、金の笏を差し伸ばせば、生きながらえることができました。
 エステルは、どうなりましたか?王の好意を得ます。王は、金の笏を、差し伸ばし、エステルに「何を望んでいるのか?」と尋ねたのです。エステルは、何と答えたでしょう?5章の4節から8節までを読みます。このように、エステルは、今日と、明日に、宴会を設けました。なぜすぐに、法令の(「ユダヤ人を根絶やしにせよ」との法令の)取り消しを、願わなかったのか?取り消しを願う前に、なぜ、宴会を二回(二日間)も、設けたのか?その理由は記されていません。しかし、その日の宴会の夜に、明日の宴会を前に、何が起こったのでしょう?1節です。<その夜、王は眠れなかったので、記録の書、年代記を持って来るように命じた。そして それは王の前で読まれた。>『記録の書、年代記』というのは、宮廷で起こったことが記録されている公文書のことです。
 その中に、2節です。:2、3(読む)私たちは、すでに、この出来事を知っています。王が、エステルを、王妃としてからのことです。2章の21節から23節までです。:21~23(読む)このように、モルデカイは、知らせたのです。知らないふりをして、黙っていることはありませんでした。ビグタンと、テレシュは、宦官でした。王を、手にかけようとしていた、それほど、王の近くで仕えていた二人です。しかし、モルデカイは、知らせました。また、二人が手にかけようとしていたのは、クセルクセス王です。この王は、ユダヤ人にとっては、どのような王だったでしょう?同じ2章の5節、6節に、このようにあります。:5、6(読む)バビロンの王ネブカドネツァルは、ユダヤ人を、捕囚の民とし、捕え移しました。そののち、バビロンは陥落し、この時代には、ペルシアの王が支配していました。クセルクセス王です。宦官の二人が手にかけようとしていたのは、クセルクセス王でした。
 しかし、ユダヤ人であるモルデカイは、知らせました。聞かなかったこと、見なかったこと、にはしないで、知らせたのです。モルデカイは、エルサレムではない“スサ”に住み、“ペルシアの王”の門で、善を行い、“支配されている国”で、神の民としての使命を、忠実に果たしたのです。神の義を行い、隣人を愛しました。
 このモルデカイの姿は、私たちの模範でもあります。私たちも、日本の社会で、生活をしています。住んでいる地域で、今の職場で、この国で、キリストの律法に従って生きることが、私たちの使命です。このことで、モルデカイに、栄誉や、昇進が、与えられることはありませんでした。これらの出来事の後(3章の1節によると)、王が重んじ、昇進させ、誰よりも上に置いたのは、ハマンだったのです。しかし、この時に、与えられなかったことで、いつ、与えられることになったのでしょう?「ユダヤ人を、根絶やしに」との法令が、公示された後(あと)に、その実施日である「アダルの月の十三日」が来る前に、与えられたのです。
 今日の箇所に戻りましょう。:4(読む)<ちょうど>です。神様のときは、“ちょうど”です。ハマンは、この柱を、いつ準備しましたか?エステルが設けた、一日目の宴会が、終わった後でした。同じページのすぐ上です。5章12節から14節。:12~14(読む)ですから、二日目の宴会を前に、ハマンは、モルデカイをかける“柱”を立てさせ、王は、眠れなかったので、記録の書・年代記を読ませ、モルデカイに栄誉を与えたいと思ったのです。ちょうど、一日目と、二日目の間で、です。
 :5、6(読む)4節から6節、このとき、王も、ハマンも、お互いに知らないことがありました。王は、ハマンが、“モルデカイのことで上奏しよう”と、入ってきたことを知りません。ハマンも、王が“栄誉を与えよう”と思っているのが、誰かを知りません。知らないなかで、ハマンは、心のうちで思いました。「私以外だれがいるだろう。私しかいない!」“誰に”であるのかを、王が言わなかったことで、ハマンの高慢、高ぶりが、露にされました。
 ハマンは、このように王に言ったのです。:7~9(読む)これは、ひと言でいうと、どういうことでしょう?“王のようにしてください”ということです。このようなハマンの進言に対して、王は、何と言いましたか?そこまでの栄誉は与えられない、と言ったでしょうか?言いませんでした。:10(読む)ここで、王は、「ユダヤ人モルデカイに」と言っています。このようにして、「ユダヤ人を、根絶やしに」との法令が、実施される前に、王は、ユダヤ人であるモルデカイに、“王のような栄誉”を与えたのです。一つも怠らせずに、でした。
 :11~13(読む)まず、モルデカイです。“王のような栄誉”を与えられたモルデカイはどうしたでしょう?12節に<それからモルデカイは王の門に戻った>とあります。皆さん、このモルデカイの姿を、どう思いますか?「自分の民族ユダヤ人にいのちを与えてください」とは願いませんでした。王から、“王のような栄誉”を与えられたのに、です。また、そのことを、誰にも話さなかったようです。ハマンとは、対照的です。
 ハマンは、王妃の宴会に招かれた後、人を集めて話し続けました。5章の9節から、12節までを読みます。:9~12(読む)このようなみことばが、思い浮かびます。<「神は高ぶる者には敵対し、へりくだった者には恵みを与えられる」のです。ですから、あなたがたは神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神は、ちょうど良い時に、あなたがたを高く上げてくださいます。>(Ⅰペテロ5:5、6)
 モルデカイは、王の門に戻りました。栄誉を与えられる“前”と、同じようにです。王の殺害計画を、報告した時と同じように、です。王からの栄誉に喜び、上機嫌になることもなく王の門に戻りました。主からの使命に戻ったのです。
 私たちは、今、ヘブル人への手紙を学んでいます。私たちには、神の都が、用意されています。ですから、この地上では、旅人寄留者のように生きています。だからといって、この地上では、無責任で良い、ということではありません。むしろ、“王の門に戻る”主の使命を、誠実に果たすそのことで、この地に、神様の祝福をもたらす責任が、私たちにはあるのです。モルデカイが、王の門に座っていたことでクセルクセス王の命は守られ、ペルシアも政治の混乱や、国家の危機から守られました。私たちもです。
 では、ハマンの方を、見てみましょう。6章の12節後半から13節までです。この箇所と、すぐ右のページ5章の14節と比べてみましょう。5章の14節では妻たちは、「モルデカイを柱にかけるようにしなさい」と、言いました。モルデカイが、ユダヤ人であることを、知ってのことです。前の13節でハマンが、「あのユダヤ人モルデカイ」と、言っています。
 一方、6章13節では、妻たちは、このように言いました。 「このモルデカイがユダヤ民族の一人であるなら、あなたはもう彼に勝つことはできません。」どういうことでしょう?「王のような栄誉が、ユダヤ人モルデカイに与えられたなら、あなたはもう彼に勝つことはできません」ということなのかどうかは分かりません。しかし、この言葉には、普遍的な響きがあります。
 ローマ人への手紙には、このようなみことばがあります。<神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。>(ローマ8:31b)<しかし、これらすべてのことにおいても、私たちを愛してくださった方によって、私たちは圧倒的な勝利者です。>(8:37)
 最後に、6章14節です。:14(読む)二日目の宴会です。そこで、何が起こったのか?は、次回です。(しばらく、ともに祈りましょう)